また、卒業式シーズンだ。この季節になると、国歌斉唱、国旗掲揚に反対する一部の大人、あるいはそれに踊らされている子供達による起立をしない、会場から退場するなどの騒ぎが起こる。
とても不幸なできごとに思える。
君が代、日の丸に反対する一部の方々は、戦勝国によって作られた大東亜戦争における日本悪役論を利用することで、何らかの社会的地位を得よう、あるいは自分の主張を通そうとしているのだろうか?純粋に戦勝国の論理を信じ、中国、韓国など被害者でい続けることで我が国から謝罪と金品をねだる国々を信じるのだろうか?
歴史はその時代の必然性があったと思う。日本が連合国からたたきつけられた条件を飲むことは我が国の存続が危ぶまれると考えられたことが、戦争の引き金であったという考えもある。しかし、ただ単に中国大陸に勢力を伸ばしたいだけであったのだろうか?それほど、我々の祖父母、父母の世代に日本人は好戦的で攻撃的な民族であったのだろうか?
しかし、何と言っても国際社会の中で確固たる地位を保持し、世界に貢献しようとする国の国民が国に誇りも忠誠心も持てないなんて想像できない。
聞いた話だが、日本の高校生が東南アジアの貧しい村にホームスティしたとき、地元の同年代の若者との会話で、「日本が世界に誇れるものは何か?貴方が誇りに思うことは何か?」と質問され、日本の高校生は考え込んだと言います。地元の青年は国としての誇り、歴史を自分自身の誇りとして語ったそうである。なんとも悲しい話である。